1992年のあなたとわたし

1992年4月25日、尾崎豊が逝去した。26歳だった。その2ヶ月半後1992年7月11日に、私は生まれた。私は今日、24歳になる。
つまり私は尾崎豊と入れ違いに生まれたので、尾崎豊と同じ空気の中を生きたことがない。尾崎豊を生放送で観たことがない。生きた時代がちょうど違うのだ。1992年を隔てて、昭和の彼と平成の私は、時代を生きる。

 

私は尾崎豊の「Forget me not」という曲がとても好きで、なんなら1985年の曲なので30年前の、モロ昭和の曲なのだけれど、この曲を聴くと、大切にしたいものは何十年前も何十年後も変わらずに咲き続けているのだなあと思う。

「時はためらいさえも ごらん 愛の強さに変えた」

という詞に、永遠を感じる。わけもなく涙が出そうになる。私より歳下だった彼が昭和という時代に作った繊細な歌は、平成の若者にもちゃんと伝わっているので、愛というものは不変的なのだろうなあと思う。彼の生きていた26年間と私の生きている24年間は別世界のように違うもので、なんなら私が生きている24年の中でも大きな変化がたくさんあって、私が生まれた頃の母の顔は昭和臭くて野暮ったいので、時の流れは激流なのだなあとたまに思う。けれどその中で変わらないものは確かにあって、長いこと変わらなかったり、受け継がれたり、愛されていたり、そういったものは一概に素晴らしいのだと感じる。

 

尾崎豊の行きた昭和の26年間と私の生きる平成の24年間のその50年の中で変わらなかったものは、「素晴らしいものを素晴らしいと思うその感性や素直な気持ち」なのだと思う。私は尾崎豊だったり、中原中也山田かまちのような、儚く繊細な少年の作る作品がとても好きで、彼らは素晴らしいと感じる自分の感性や純粋な気持ちを素直に瑞々しく表現するのだ。
素直に、自分自身で感じたことや、素晴らしいと思った感性や、好きだと思った直感や、それら全て「自分の気持ち」を大切にできる大人でありたいと、今日、思った。尾崎の曲が今日まで歌われ続けているように、私が生まれてから今日までの24年間や、これから先の何十年も、素晴らしいものは尊く生き続けるのだ。それらを素晴らしいと素直に感じて、いつまでも変わらない世の中で、そんな世の中で生きる私であり続けたいと、帰り道の大江戸線でなんとなく思った。

 

こんなに尾崎豊を熱弁したくせにそーーーんなに好きじゃあないから困ったもんだ。ウェーイオッパーイみたいなことを平気で口にするのは控える24歳でありたい。