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好きな本と乙一の優しさの話

意外や意外、私は実は結構本を読むのが好きなのだ。本を好きになったのは中学1年の頃だった。そこから今日まで本を読んできた中で、何冊かの「一生忘れないと言える衝撃を受けた作品」と、幾つかの「なぜかすごく心に響いた一節」がある。誰得みたいな話だけれど、そんな話を少しずつしていきたいと思っていたので、します。

 

乙一という作家さんがいる。きっと同世代なら中学の時に一度は流行った記憶があると思う。乙一山田悠介厨二病の時にハマりがちなのだ。中学の時はただただ厨二心をくすぐられて読んでいた乙一を、少し大人になった高校2年生の頃に、また読み始めた時期があった。その時に出会ったのが「失はれる物語」という短編集であった。私はこれを読んで初めて、乙一がこんなにも優しい文章を書く人だと知った。

その中に、「しあわせは子猫のかたち」という話が入っている。主人公が一人暮らしのはずの家で幽霊と同居するという設定自体は非常に乙一らしい作品だった。しかし幽霊と同居と言っても想像しがちなダークグレーな話ではなく、どちらかというと私はレモンイエローのような、丸みを帯びた温かな作品に思えた。

「確かに、世の中、絶望したくなるようなことはたくさんある。自分に目や耳がくっついていなければ、どんなにいいだろうと思ったこともある。でも、泣きたくなるくらい綺麗なものだって、たくさん、この世にはあった。」

この一文を読んだだけで私は、乙一が本当はとても優しい人だと知った。確かに彼の作風はホラーチックで時たまグロテスクで、そんなおどろおどろしいものであるのも事実だし、それが彼の魅力でもある。けれどただただ人が死んだり殺されたり恨まれたり、そんな作品は無いのだった。私も彼の作品を全て読んだわけではないので一概には言えないと思うが、殺されたり恨まれたりするのはいつも完全な悪役で、幽霊と同居したり頭の中の携帯電話が鳴ったり、それらは「ホラー」というよりは「ミステリアス」なのだった。普段ミステリーを読む時は背景にモスグリーンを感じるのだが、彼の場合そのミステリアスさの中にも、若草色やサーモンピンクのような、まるでいわさきちひろの作品のような色彩を感じる。彼の作品はいつも正しい人が正しい姿で物語を終えるのだと気付いた時、本当に優しい文を書く人はこういう事なんだなって思った。たまに目を背けたくなるような描写の根底に、報われるべき救われるべき人が然るべき生き方をする事が出来る優しさが絶対にあるのだ。

 

その優しさが蔓延る世界観なので、たまに行きすぎた優しさで残酷なことになってしまう事がある。そんなグロテスクさだったのだ。乙一の描く世界というのは。その短編集の中に、その本のタイトルである「失はれる物語」という話がある。事故で右腕以外の感覚を失い、体を動かすことはもちろん出来ず視覚や聴覚も失い、暗闇無音の世界を寝たきりで過ごさなければならない男の話である。ぜひ実際に読んで感じてほしいので皆まで言わないが、よく耳にする「優しさは時に残酷だ」とは少しベクトルの違う、「残酷な優しさってあるんだ」という感じだった。残酷だったりホラーものを読む時に思わず目を背けてしまう感覚ではなく、心が苦しくなって読み進めるのが辛くなる感覚。その感覚が、想像以上に私を優しい気持ちにさせた。行きすぎた優しさも全て、乙一自身の優しさがもたらしているのだろう。

 

世界は私達が考えている以上に優しさで溢れているのだと、私は乙一から知った。私の中で一番強く記憶に残っている「心に響いた一節」は、間違いなく「しあわせは子猫のかたち」のあの一節だと思う。あんなに優しい世界を、私は他に知らない。

 

こういうのを自己満足っていうんだろうな。あまりに実りのない読書感想文にも関わらず、今までで一番、書いてすっきりした。はあ~ちゃんと仕事しよ。今仕事中なんだよな実は。